デス・オーバチュア
第300話「神を裂く刃(チェーンソー)」




何かは……人の形をしていた。
白金(プラチナ)の兜と肩当てに闇色の衣、そして鋸(ノコギリ)の両手。
「楕円形のノコギリ?」
そう何よりも目を引くのは、袖口から人間(ひと)の手の変わりに生えている白金の特殊な刃だ。
「回転鎖鋸……神裂刃(チェーンソー)よ」
「ファースト?」
『…………』
いつの間にかタナトスの傍に来ていたファーストが、人形(人の形をした何か)と見つめ合っている。
もっとも、人形(ひとがた)は半球型兜(サーリット)を深々と被り、その眉庇(まびさ)で顔上半部も覆い隠しているため、正確な目の位置(視線の先)は解らなかった。
兜から覗くのは、鼻から下の口元と、視界を確保するために眉庇に刻まれた数本の細いスリットだけである。
『…………』
半球型兜から覗く口元を微かに綻ばせると、人型はファーストから顔(視線)をそらし、エレクトラへと向けた。
「あなた……えっ?……引き揚げろ?」
『…………』
エレクトラは人形の無言の圧力(視線)から、彼女の『意志』を汲み取る。
人形は正解だとばかりにコクリと頷いた。
「そうね……あなたが何者かは置いておいて……確かに引き際はとっくに過ぎている。お……タナトス・デッド・ハイオールド」
「ん?」
エレクトラは微笑すると、タナトスへと視線を移し話しかける。
「セブンチェンジャーはもう少しあなたに貸しておくわ」
「……いいのか?」
「ええ、あなたはもっと多様性を持つべきだから……」
「多様性?」
「……それが未来の可能性に繋がると思うから……」
「何? 何と言った?」
後半の言葉は小声過ぎて、タナトスには聞き取れなかった。
「次に私とあなたが出遭った時が最後……」
「最後?」
「その時は……互いの存在を全力で滅ぼし合いましょう……様」
「えっ……?」
タナトスはキョトンとする。
エレクトラは剣呑なセリフを、愛しい者に向けるような笑顔を浮かべて言ったのだ。
「では、また逢いましょう、……様。ベリアル!」
名前を呼ばれると同時にベリアルが現れ、背後から彼女を抱きしめる。
「まったく、くだらん同窓会だった」
ベリアルは紅蓮の炎に転じエレクトラを包み込むと、次の瞬間には主従共にこの場から跡形もなく消え去った。
「…………」
「OH!? 悪魔と堕天使が消えてるネ!? 」
エレクトラの消え去った場所から目を離せずにいたタナトスの耳に、バーデュアの声が飛び込んでくる。
タナトスは慌てて周囲を見回すが、上空に居たはずのアッシュも、傍に居たはずのファーストさえも最初から存在しなかったかのように綺麗に消失していた。
『…………』
身内(?)以外でこの場に残っているのは、『白金を纏う闇の人形』だけ……。
「たっく、何なのよ!? 次から次へと異界竜様(ひと)を苛つかせる奴ばかり出てきてぇぇっ!」
誇りは傷つけられ、思い通りにいかないことばかり……皇牙のイライラはとっくに限界値を超えていた。
特に怒りを込めて放った超竜波を外されたことは、ストレスの発散を失敗した上、新たなストレスまで蓄積するという最悪な結果に終わっている。
「お、落ち着け、皇牙……」
「もういやあああああああああああああっ! せめてあんただけでもぶっ壊す! 逃げるんじゃないわよ!」
皇牙は全ての憤りを込めて、人形へと殴りかかった。
「粉々に砕け散れぇぇぇっ!」
『…………』
「あああぁぁっ!?」
人形は皇牙の拳を受け流すようにクルリと回転し、神裂刃で彼女の腹部を薙ぎ払う。
「ぎゃぁっ!?」
先程の叫びは一撃を綺麗に受け流されたことに対する驚愕、今度の悲鳴は痛みと『傷ついたこと』に対する驚愕だ。
『…………』
人形の両手の神裂刃は、高速で回転しながら、馬威駆の排気音(エキゾースト)のような喧しい音を奏でている。
「嘘!? 嘘嘘嘘嘘っ! 嘘よおおっ!? あたしの『肌』があんな『変な物』で傷つくなんてぇぇぇぇっ!」
皇牙のお腹にできた傷は本当に小さなもので、かすり傷以外の何物でもなかった。
だが、傷ついたこと自体が有り得ないことなのである。
皇牙にとって決して受け入れることのできない現象(事実)なのだ。
「有り得ない有り得ない有り得ない! 有り得ないのよおおおおおおおおおおおっ!?」
宇宙最強の生物は駄々っ子のように喚き続ける。
彼女の喚き(感情の揺らぎ)だけで、大気は荒々しく震え、大地は激しく震撼し、世界は大迷惑だった。
「皇牙……」
タナトスには皇牙は放っておくことはできない。
このまま彼女が喚き続けるだけでも浮遊島(クリア国)が崩壊しかねないし、いつまたキレて超竜波とかをぶっ放すかもしれないのだから……。
「いやいやいやあああああっ! もう何もかもいやああああああああああっ! うわわあああああああぁぁんんっ!」
「…………」
いや、そうではない。
彼女が危険な存在だから世界のために止めなければ……その気持ちは嘘ではないけど、もっと単純に『泣いている子供を放っておけない』のだ。
「……皇牙……」
「ううぅぅぅ……?」
タナトスは皇牙をそっと優しく抱きしめる。
「泣かなくていい……お前は強い……誰よりも……」
「でも傷つけられたぁぁっ! あんな奴にいっ! あんな訳解らない奴にいいいいっ!」
「傷ついていない……体に小さな傷ができても、お前の誇りは何も傷ついてなどいない……」
皇牙のこの世の誰よりも傲慢な誇り(プライド)は、基本的に誇りが無いというか自嘲自虐趣味のタナトスには理解はできなかった。
それでも、誇り(それ)がこの幼い少女にとって何よりも大切なものであることだけは解る。
「自分が傷を負ったり、簡単に相手を倒せなかったことをお前は憤るが……最終的に相手を倒せさえすればそれでいいじゃないか……」
「ううううぅぅぅ……」
納得いかないことを主張するように、タナトスの腕の中の皇牙は呻いた。
「寧ろ喜べ、相手に歯応えがあることを……戦いとはそういうものだ」
「ぐぅぅ……だから、戦いなんて……『対等』なことすることが……になることが……嫌なのよぉぉ……塵相手にぃぃ……」
「塵か……」
異界竜(自分)以外の全ての存在が雑魚や雑菌といった『塵のような存在』……という認識を何とか変えることができないだろうか?
「……なら、塵なんか相手に『本気』で怒るな、拘るな……なっ?」
できれば考えを改めさせたかったが、今すぐにはそれは無理と判断し、なんとか彼女の気持ちを穏やかにすることを優先することにした。
「…………」
「……駄目か?」
「……納得はいかないけど……解ったわよ……皇牙ちゃんは大人だから『妥協』してあげるわ……」
理論で説得されたわけじゃない。
タナトスの不器用な笑顔と宥め方を見ているうちに、なんとなく怒りや憤りが薄れてきただけだ。
「やっぱり、いい子だな、お前は……」
宥めるために必死で作った笑顔とは違う、自然な笑みをタナトスは浮かべる。
「な、何よ、別にあんたのために妥協してあげたんじゃないんだからねっ! それから子供扱いし……」
『…………』
一際激しい排気音が皇牙の言葉を途中で遮った。
「何よ……あんたまだ居たの……?」
皇牙はタナトスに対するものとは表情を一転させて、人形をギロリと睨みつける。
「やるって言うなら……『冷静』にぶち壊してやるわ……」
先程までの熱く激しい怒りではなく、冷たく静かな『殺意』を皇牙は放っていた。
『…………』
人形は口元だけで微笑うと、ゆっくりと上昇を始める。
跳躍ではなく上昇と言ったのは、元々この人形が地に足を付けていなかったからだ。
不思議なことに闇の衣の内側は『影』になっており、下に着ている服も足もまるで見えない。
そして、闇の衣の裾を足下と仮定するなら、その足下は常に地面から数㎝浮き続けていた。
「あんな『紙』みたいにヒラヒラした奴に……」
人形が強そうに見えないからこそ、皇牙の誇りはより強く傷つくのである。
『…………』
結局、名乗りどころか声一つ発することなく、『白金を纏う闇色の人形』は空中で回転して掻き消えるのだった。




『…………』
竜面の男(アドーナイオス)は森の中に一人佇んでいた。
爆音をなびかせて、赤い馬威駆が木々の隙間を縫うようにして近づいてくる。
「ふふん、待たせたか?」
アッシュはアドーナイオスの直前で馬威駆を急停止させた。
『ふぅん、待ったとも……迎えに……急かしに来た奴が待たせてどうする……?』
アドーナイオスが初めて声を発する。
「それは悪かったな……それにしても……」
『……何だ?』
「私と違ってお前は初対面の相手しか居なかったのだから、顔を隠す意味もなかろうに……」
アッシュはヘルメットを脱ぎさった。
鮮血の如き赤い長髪が広がり、ライダースーツの黒き背中に映える。
『意味はあるさ……』
アドーナイオスは竜面に右手をあてると、一気に引き剥がした。
「これから『素顔』の方でも接触するからな」
竜面越しの時とは違う「聞き取りやすい綺麗な声」が発せられる。
「何を企んでいる……?」
「ふぅん、人聞きの悪い。素顔の方では友好的に接しようと思っているだけだ」
「フッ、『お友達』にでもなるつもりか?」
アッシュは傑作だとばかりに微笑う。
「ああ、それが理想だな」
アドーナイオスは抜け抜けと言い切った。
「呆れた奴だ。十二星と七星だけでは飽き足らず、クリアにもコネが欲しいのか?」
「保険はかけておくに越したことはあるまい」
「ふん、保険か……」
「あくまで念のためだがな……」
「ならばいっそのこと十三騎にも取り入っておくか?」
からかうようにアッシュは言う。
「不要だ」
「ほう……そこまできっぱり否定するとは思わなかった。女々しいほどに慎重な貴様ならやりかねないと思ったぞ?」
「お前は何も解っていない。十二星、七星、管理者(クリア)、何れが勝利しようと……ガルディアは必ず滅びる……いや、滅びなければならない!」
「滅びなければ……我が手で滅ぼすか?」
「さあな? だが、一つだけ明確なことがある」
「ほう、何だ?」
「次の満月の夜がガルディア皇国最後の夜だ……その終焉が誰の手によるものだろうとな」
アドーナイスは口元を愉しげに歪めた。

















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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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